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なぜ「怒りを原動力にしてはいけない」のか?

仕事が終わり一息つこうとタイムラインを開いた私の目に入ったのは、このような言葉でした。

「怒りという感情は人を不幸にする。怒りのパワーを原動力にしてはいけない」

読み終えた直後に、心がざわっとしました。
なぜならば、私自身が「怒り」や苦しみを原動力に生きる人間だったからです。

目次

受け入れ難い価値観との出会い

ざわついた心をなだめるために、私はまず自分を正当化しました。

「理不尽という逃れようもない出来事への怒りをバネにして生きることが何故いけないのか」
「怒りが良くないというのであれば、怒りや悲しみといったネガティブな感情はどう対処するのが正しいのか」
「怒りの矛先として他人を傷つけるのは問題だとしても、自分の中でエネルギーとして処理するのが何故人を不幸にするのか」

概ねこういった趣旨のツイートをしつつ、自分の心に沸き上がったモヤモヤと向き合いました。
そして、まず一度こう結論づけました。

「まあ、人によってストレスへの対処法は違ってくるだろうし、万人に当てはまるわけじゃないだろう。私は怒りや悲しみをくべて闘志を燃やせるなら、コスパがいいと思う」と。

そうでなければ「負けてたまるか」という怒りだけで辛い過去を乗り越えてきた自分自身の在り方を、根本的に否定されてしまうような気がしたからです。
そしてまるで、この先この考えのままでは、私が不幸になると言われているようで受け入れ難かったのです。

ただ例え強引にそう結論づけたとしても、私の中には一つの疑問が残りました。

「怒り」という感情はどう処理するのが正解なのか

「怒りを原動力にするのが間違い」だというなら、正解があるはず。
正解があるというならこれを機にその正解を知りたい。
あるいは、心のどこかで「正解なんてあるわけがないのだから、自分は間違っていない」と思いたかったのかもしれません。

そこまで考え、怒りの処理の考え方として「アンガーマネジメント」という単語があることを思い出しました。

「アンガーマネジメント」と怒りの種類

アンガーマネジメントとは

アンガーマネジメント(Anger management)とは、怒りを予防し制御するための心理療法プログラムであり、怒りを上手く分散させることができると評価されている

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

簡単に言うと「怒りをコントロールする術」のようなものです。

「怒りという感情を自ら管理することで、人間関係上の問題を解消する」ような意味合いとしても使われています。
最近ではビジネスの場でもよく用いられており「アンガーマネジメント協会」なんていうものもあるようです。

怒りの種類

私がアンガーマネジメントについて調べて最初にたどり着いたのが下記記事でした。

アンガーマネジメントの意味とは?診断方法・怒りのタイプと沈め方を紹介 – マイナビAGENT

こちらを読み進める中で「怒りにも人によってタイプがあり、怒りの種類に応じて適切な対処がある」ということを知りました。

上記記事内では怒りのタイプを「公明正大」「博学多才」「威風堂々」「外柔内剛」「用心堅固」「天真爛漫」の6つに分類し、そのタイプに応じた適切な行動のアドバイスが記載されています。

マイナビさん独自の診断なのかなとは思いますが、いずれのタイプもポジティブな四字熟語に置き換えられているので少し前向きに自分の「怒り」と向き合えるのがいい感じっぽい。

早速診断してみたところ、 私は「博学多才」と「用心堅固」のタイプの点数が最も高く、そのどちらも自身の特徴に当てはまっていました。
ざっくりまとめると以下のような感じです。

■博学多才タイプ

【特徴】
向上心が高く、何事も挑戦しようという前向きなタイプ。完璧を追求し、困難な状況下でも物事をやり遂げようとする点が長所です。しかし、完璧主義が災いして、自分にも他人にも厳しくなりがちです。優柔不断な人や考え方が違う人に対して、怒りを感じることが多いといわれています。

【イライラを減らすコツ】
物事に対して意欲的に取り組み、自分自身を成長させるのは素晴らしいことですが、周りには、それができる人ばかりではありません。白か黒ではなく、中間もあって良いのだという意識を持ち、価値観が違う人に対する視野を広げると良いでしょう。

マイナビAGENT「 アンガーマネジメントの意味とは?診断方法・怒るのタイプと沈め方を紹介 」

■用心堅固タイプ

【特徴】
真面目な性格で、物事を自分自身で客観的に判断できるタイプです。慎重に行動するため、冒険は好みませんが、周りに頼ることが苦手なため、ストレスが溜まることが多いのが特徴です。また、他人にレッテルを貼りがちで、自分と比較することで、ねたみや怒りの感情を感じることもあります。

【イライラを減らすコツ】
冷静に物事を見ることは大切ですが、他人を信用することができないと交友関係がスムーズに進まないことが多々出てきます。他人への思い込みを避け、時には周りに頼ることを心がけると、他人との距離も縮まり、楽になることができるでしょう。

マイナビAGENT「 アンガーマネジメントの意味とは?診断方法・怒るのタイプと沈め方を紹介 」

当たりすぎてムカついてしまうくらい当たっていました。
上記記事のおかげで私の怒りの正しい対処法は分かったのですが、ここでまた一つの疑問が生まれます。

「生物として必要だから生じるであろう感情をそもそも取り除く必要があるのだろうか。そもそも怒りとは何なのか。なぜ人間に「怒り」という感情があるのか。快不快を見極めるセンサーのようなものだろうか?」

「怒り」という感情の役割

「怒り なぜなのか」と検索して一瞬で疑問が解消されるなんて、私は本当に良い時代に生まれました。
そして辿りついたのが下記記事です。

人が起こるとき、脳では何が起きているのか – GIZMODE

科学的な難しいことがたくさん書いてあるので流し読みのようになってしまいましたが、おおまかにまとめると下記のようなことが書かれています。

怒りや復讐心がある程度高まると 脳内では行動活性化システム(BAS)が働き、目的を果たそうという精神状態に達する

GIZMODE「 人が怒るとき、脳では何が起きているのか 」

マイアミ大学の心理学教授であるMichael McCullough氏によると、こうした感情は脳内で「目の前に達成感がある」といった感覚を生み出していること、それは喜びや報酬よりもむしろ、目標に向かって突き進む欲望を追及し、復讐心を掻き立てるもの

GIZMODE「 人が怒るとき、脳では何が起きているのか 」

そして、一番私の気を引いたのがこちらの内容。

怒りや恨みは、精神的に大きな負担となります。ストレスホルモン「コルチゾール」が通常よりも高く分泌されることで不安、 憂鬱感睡眠トラブル記憶力や集中力への支障体重増加などの症状がみられることが研究(2007年・McCullough氏共著)によって明らかにされています。

GIZMODE「 人が怒るとき、脳では何が起きているのか 」

同氏のさらなる研究結果(2012年)によると、自分を傷つけた相手に譲歩的な態度を示した場合、対人葛藤につながるコルチゾールが低下したことが確認されました。
(中略)
というのもべつの研究(2005年)によると、恨みや怒りといった感情を抱いたまま過ごしていると攻撃的になり、まったく関係のない人たちにも害を及ぼすことがわかっています。ある研究(2013年)によれば、こうした攻撃的な態度は目標を達成できないフラストレーションから起きるといいます。

GIZMODE「 人が怒るとき、脳では何が起きているのか 」

ここで私が最初に導きだした結論、「怒りや悲しみをくべて闘志を燃やせるなら、コスパがいいと思う」は科学的に否定されてしまいました。

怒りはコスパが悪い

そう。怒りはコスパが悪かったのです。
「怒り」という感情を抱き続けることは、自らストレスを抱えることと同じ。
それは自分で自分の首を絞めていることに他なりません。
私が原動力だと思っていた「許さない」という怒りのエネルギーは、同時に「ストレス」そのものだったのです。

「怒り」を原動力にすることは、過去にしがみつくこと

人間の脳は同じことを繰り返すことで「学習」します。
「怒り」の記憶を「許さない」と何度も思い出す行為は、過去の出来事を忘却に追いやるどころか、より鮮明に刻み付けているようなものです。

そう気が付いたときに、「ああ、私は過去にしがみついていたのだな」とようやく気づきました。

許すことが何故難しいか

今までの私は「許さない」ことで、自分を守れると信じていました。
理不尽な言動を「許す」のは同時に「自分は理不尽なことをしてもよい人間だ」という価値を許すことだと思っていたからです。
自分の心身や人としての尊厳を守るために「許さない」というスタンスをとることで、その行為と、同じことが繰り返される未来を許さなかったのだと思います。

また、私は「許す」という行為に「全てを無に帰す」ようなイメージを抱いていたのもあります。

「自分の感情」と「確かに起こった事実」そのどちらも手放してはじめて「許し」になると思っていましたが、それも誤りだと気づきました。
起きた事実は変えようがありませんし、一度起きた以上それが無かったことになることは決してありません。
ただ、「自分の感情」は水に流すことができます。たとえその感情を手放したところで、起こった事象が消えてしまうなんてことはないのです。

人によって「許し」の難易度やそれを難しくしている原因は異なるのでしょうが、私の場合は「許す」=「理不尽を受け入れる」という構図への抵抗感から「許す」ことへのハードルが高くなっていたように思います。

「怒り」が不幸をもたらすの真意

冒頭に戻ります。「怒りという感情は人を不幸にする。怒りのパワーを原動力にしてはいけない」という言葉は、精神論や引き寄せの法則のようなスピリチュアルな理由ではなく、科学的に人を幸福にしないということが分かりました。

そしてGIZMODEさんの記事によると、「他人に寛容な振る舞いをすると、コルチゾールの値が下がる」とのこと。
「怒り」がストレスの原因かつ誘因だとすれば、その対岸にある「許し」はストレスを軽減する効果があるようなのです。面白いですよね。

私の決意

一連の記事と自分の考察をシェアしつつ導き出した私の答えは「許そう」でした。
私を理不尽な目に遭わせた人や原因のためではありません。
私自身の健やかな生活のために、「許す」ことにしました。すべてを。

自分で言ってしまいますが、正直私は話し出したらキリがないほどの苦労人なので「死ぬまで許さない」という怨嗟に近い怒りをいくつも抱きながらここまで生きてきました。
それだけが原動力だと思っていました。
でも、原動力だと信じていた「許さない」という感情こそが自らの首を絞めているというのであれば、手放さないというわけにはいきません。

いりませんそんなもの。今すぐポイです。
過去を変えることはできませんが、せめてこれからの人生は「すべて許そう」そう思いました。

「許し」がもたらす心の平穏

ここからは私の心境の変化となりますが、一言でいうととても心が軽くなりました。
「すべて許そう」そう思った瞬間から、肩の力がすーっと抜けていくのを感じました。
心の中に蔓延っていた言葉にできないモヤモヤも晴れました。
「そんなことある?」と自分でも思いますが、本当に心が晴れたんですよ。マジのマジです。

そしてようやく理解できました。「許さない」という怒りが自分にとって枷になっていたということが。
原動力といいながら、恐らくそこに大きなエネルギーを割いていたのでしょう。
自分の受けた仕打ちを「許してはいけない」と何度も思い出すたび、不愉快な気持ちになっていたのでしょう。
そんな自罰的な行為はもうやめていいと、私は自分をも「許す」ことにしました。
心が軽くなるのも当然といえます。

完璧主義と「怒り」

もう一つ心の変化がありました。
他人のすべてを許すというなら、「自分を許してもいい」と思えるようになりました。
アンガーマネジメントの診断でも出ていた通り私には完璧主義のきらいがありますが、それは「こんな私は許せない」という気持ちからきていたと思います。
「〇〇ができない自分なんて許せない」「〇〇する自分なんて許したくない」という高すぎる理想を自分に強いていました。

でもそれも、許すことにしてしまいました。
「〇〇ができない自分だけど許そう」「〇〇してしまう自分だけど許してしまおう」
そう思うと、やはり心が軽くなりました。
なんだ、完璧じゃない自分を許せないから、他人も許せなかったのかと。

まとめ

たった一つの心に留まったツイートが、まさか自分の価値観をここまで変えてしまうとは思いませんでした。
「なんかこのツイートもやっとする~」で片付けなくてよかったなと思います。

この記事が他人に影響を及ぼすことはあまりないのでしょうけれど、自分の中でいい気づきとなったのでこうして書き記すことにしました。
自分の感情を掘り下げて考えるのもたまにはいいかもしれません。

これからは、ぜんぶ許します。可読性の低いクソコード以外は。